今日目にすることのできる写真であれば、それらはすべて「現代写真」と呼んでかまわないようにも思えます。しかしそうではなくて、ある限られた写真だけを「現代写真」と呼ぶのであれば、いったいそれらは何によってそのほかの写真たちと分け隔てられることになるのでしょう。おそらくそれは、「写真のこれまでの歴史へのまなざし」をもっているかどうかということです。
「現代写真」と呼ばれる表現を生み出してきた写真家たちのことを知れば、彼らの姿勢には必ずこのニュアンスが含まれていることに気がつくはずです。
【第一章】土門拳と植田正治
【第二章】東松照明と森山大道
【第三章】荒木経惟と須田一政
【第四章】杉本博司とマルセル・デュシャン
【第五章】佐藤時啓と森村泰昌
【第六章】畠山直哉と九〇年代以降
【終 章】オルタナティブなまなざし
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