筑豊の炭鉱町に育った洋画家が、少年時代から自転車ではるばる通った
福岡の名画材店〈山本文房堂〉の店主と、空襲の記憶、画材と文化、
思い出深き地元の画家、そして二人三脚で続けた公募展への
思いまでを語り合った、滋味溢れる対談。
日本を代表する洋画家と福岡の老舗画材店の、
半世紀以上にわたる誠実な交遊の軌跡。
福岡大空襲の記憶
戦前の文房堂<
「山本」がついたのは戦後から
「何と絵描きの多い町だろう」と思った
文化なんて余計なものだった
金は出してくれたけど……
後藤新治氏渾身の「野見山暁治年譜」
タケミヤ画廊と北荘画廊
度胸も頭も良かった父
炭鉱は怖かった
京子夫人とクラブ「みつばち」
「みつばち」の裏口
驚きの記憶力
「あれは僕のネクタイ」
日本の色、フランスの色
立ち見のできない映画館
同じ色は二度とできない
油絵の具と「立体」の文化
絵に表れる「生活」
「やってみる」ことの強さ
絵のままの風景
日本人が突き当たる壁
ニュアンスを察する文化
文章と挿絵について
「用途を持つ絵」は面白い
椎名さんの日本語
「サムホール展」の始まり
審査現場で起きること
「おじさん、サムホールって何ですか?」
インスタントな時代
本当に描きたい人のためのコンクール<
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