突然の拉致。どこかもわからない施錠だらけのマンションの一室。餓死寸前からの生還と、圧倒的不利な状況から全面勝訴を勝ち取った裁判の軌跡を今、初めて明らかにする自伝。
その日は突然訪れた。
1995年9月11日、実家へ帰った日。
31歳の私は婚約者と所帯をもつ約束を交わしていたばかり。
何とか脱出できないか。過ぎ去る歳月。焦燥感。
天井に沿う木目模様を眺めながら想う「このまま一生ここで朽ちるのか」
孤独と絶望と飢餓。
一日一回の慰めは夕方に微かに聞こえてくる“夕焼け小焼け”のメロディー。
そのしらべを何千回と聞き果てた末。
監禁から12年5か月たった2008年2月10日、突然の解放。
私は44歳になっていた。
<第1章>
この世に一つしかない居場所
信仰との出会い
奇妙な部屋とヘビースモーカー
ホテルから犬猫マンションへ
鈴木祐司として生きる
<第2章>
高速道路の暗闇の先で
笑みをたたえた牧師の登場
脱会宣言
父の死、再び東京へ
<第3章>
あの男との戦い
繰り返された乱闘の末に
四〇歳からのハンスト
生と死の狭間で
怨讐を愛せよ
目指すは松濤本部
反撃開始
許せない理由
<第4章>
再出発と刑事告訴
話にならない決定
一対六の戦い
母の死
追い詰められた人々の断末魔
まったく不十分な“勝訴判決”
戦い抜いた一二年五カ月と七年
<終章>
拉致監禁と強制棄教の内情
レビュー(6件)
今の時代に、この日本で昔のキリシタン迫害のような拉致監禁が頻繁に起こっている事が驚きでした。12年5か月閉じ込められるって見当もつかないですが、事実なんですね。
拉致、監禁の実態を知ることが出来る本です。 旧統一教会の信者が所謂【マインドコントロール】をされていないのがよく分かりました。少なくとも、著者である後藤さんは終始自分で考え、動いていると思います。 祈りの力、そして神様を感じる1冊でした。 また、いかに自分が自由で恵まれた日々を送れているかに気づけました。
本人が体験した記録で本当に日本でおきた出来事に驚かされます。
最高裁判所、国連が認めた宗教迫害の実話
旧統一教会信者として表立って活躍する未来があった青年が、左翼系キリスト教牧師を筆頭に家族から拉致監禁される。 当然どのような宗教であろうとも、拉致監禁による強制脱会は犯罪行為であり、戦後最大の宗教迫害である。 31歳から44歳の12年5ヶ月という青春時代を奪ったこの事実を淡々と述べ、親族の手段を選ばないことによる反カルトの異常さが垣間見える。 特に衝撃だった点は、必要最低限以下の食事しか与えないという、児童虐待さながらの行為を正当化して行っていたことだ。 当然この点が後の裁判で争われることになるのだが、親族を告訴することへの別ベクトルでの「死闘」も見て頂きたい。
多くの方々に読んでもらいたい一冊!
親兄弟から12年5ヶ月もの間拉致監禁され、その間病院にも連れて行ってもらえない、食べものも満足に与えられない、親の死に目にも会わせてもらえず葬式にも参加させてもらえなかった。家族としてはもちろん、人間らしい扱いさえ受けられなかった。著者である後藤徹さんの家族は、元々仲が悪かった訳では無い。 何と、拉致監禁した兄と妹も後藤さんを拉致監禁する以前に拉致監禁されていた。 拉致監禁を後藤さん家族に教唆し、拉致監禁にも関わり続けた脱会屋と呼ばれる人物とキリスト教牧師の存在がある。どのように指導すれば家族にこんなむごいことをする人格へと豹変させられるのだろう?後藤さん家族もまた彼らの被害者であるように感じた。 拉致監禁の体験談ではあるが、描写や表現がとても優れており、引き込まれて一気に読んでしまった。