日本を代表する僧侶である親鸞は、なぜ自らを「非僧非俗(僧侶でもなく、俗人でもない)」と宣言したのか。有名なその言葉に導かれ、あらゆる縛りから解放されて、ありのままの「人間」として生きるとはどういうことかを説いた名講話。「非僧非俗の精神」と「ねんごろの心ー『御消息』に学ぶー」の講話2本を収載。
非僧非俗の精神
俗世間を生きることの意味/国が求める僧としての型/非僧非俗は「人間とは何ぞや」という問いかけ/外道とは自分の外なるものに寄りかかる道/生き方に迷う意味/退屈の裏に感動を求めている/求めていればこそ、空しい/私をうながし続けていたものに出遇う/本当に生きたことがあるか/事実を受けとめる勇気/わかったという立場が破られる/どうかその道意に目覚めてほしい
ねんごろの心ーー『御消息』に学ぶーー
言葉の響きを聞く/言葉は声である/「往生」とはただ亡くなったことだけをいうのか/生き方に迷うことは、人間に与えられた能力/「往生」は名詞でなく動詞である/「ねんごろ」とはいのちを共にしているということ/つながりをいのちとして生きている/いのちの願いによってあなたは生れ出た/この私を私として愛する/いのちの叫びを聞き取る/さあ、いのちの事実に帰ろう
あとがき……松林 了(真宗大谷派西岸寺前住職)
レビュー(0件)