「経常費は国王私財で賄うべし」という国王自活原則は、近世国家の形成に伴う経常費の膨張と価格革命による「国王私財」の減価によって遵守できなくなった。議会が経常費のための課税を頑なに拒否したため、国王は減価する「国王私財」の反転増収をはかる財政封建制を展開した。13世紀の憲法闘争期以降衰微していたフォレストが、この「国王私財」活用策のために俄に表舞台に立たされた。その財政的活用は、フォレスト法の指定解除と復活強化の両面政策という「冷笑的な法操作」によってなされた。庶子的収入の増収をはかるこの政策は、フォレスト制度の焼尽前の燃え盛りであり、長期議会によって処断され歴史の後景に再び退いて行く。
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