著者の行動力とフランスの田舎の美しさ。本書の魅力は、まさにこの点にあるのだ。祐天寺さんは、人生を生き倒している。興味と関心がおもむくまま、まず行動してしまう。それなりに悩んだり迷ったりすることもあるのだとご本人はおっしゃるかもしれない。しかし、ハタ目には、面白いこと、自分が幸せだと感じることだけに力を使っているようにしか見えない。言い換えれば、勢いよく生きている。生きることを楽しんでいる。それは、とても偏った生き方でもある。メリベル村の人や風景の誉めようといったら、手放し状態である。フランス人のうんちく語には、まるで条件反射のようにほれ込んでしまう。特に、相手が年配男性や職人だと、その傾向がさらに強まる。美味しいものを食べれば、人にも食べてもらいたい。さまざまな点で日仏社会を比較するときは、フランス側から考えるのがならいとなりつつある。一種の贔屓の引き倒しであるが、つまり、これが人生を楽しむことなのだといわざるを得ない。偏愛できる対象があるのとないのとでは大違いなのである。祐天寺さんの勝利は、偏愛できるものを手に入れてしまったことである。自分の住む村を愛し、フランスを愛し、フランス人を愛している。多分、もう祐天寺さんは、空虚な日々を過ごすことができない。偏愛の対象であるメリベルから、毎日さまざまな喜び、快適さ、さらには生きる糧をも得ているのだから。
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