【輸入盤】『ローマからヴィリニュスへ』 カント・フィオリート
カトリック巨大国家の宮廷で愛されたイタリア音楽
ローマからヴィリニュスへ(パレストリーナ、メールラ、マレンツィオ、コッチョラほかの音楽)
カント・フィオリート
16世紀末から17世紀初頭、ルネサンス後期からバロック初期にかけて、ヴィリニュスの宮廷で聴かれていたイタリア人音楽家の作品を集めたアルバム。演奏は2013年にリトアニアで結成された古楽アンサンブル「カント・フィオリート」によるもので、同アンサンブルの10周年と、ヴィリニュス市創立700周年を記念して、2023年10月にリトアニア大公宮殿でレコーディングされています。同宮殿は、約400年前のジグムント3世の時代に実際に音楽が演奏されていた場所なのでリアリティがあります。
ブックレット(英語・8ページ)には、芸術監督のカウヴェイラによる解説が掲載。
巨大国家を構成していたリトアニア
当時のヴィリニュスは、巨大国家「ポーランド王国およびリトアニア大公国(通称:ポーランド・リトアニア連邦)」の主要都市。面積約100万km²、人口約1,200万人に達した同国は1569年から1795年まで226年間維持されており、宗教改革でプロテスタントの波がヨーロッパ各国に押し寄せる中、強大なカトリック国家として、神聖ローマ帝国やスペイン帝国、フランス王国と共に、プロテスタント勢力やオスマン帝国に対抗。
ちなみにリトアニア大公国単独の面積は、1572年で約32万km²、1430年だと93万km²もありました(現在は約6万5千km²)。
ジグムント3世
「ポーランド・リトアニア連邦」を半世紀近く統治した国家元首、ジグムント3世[1566-1632]は、ヴィリニュスに毎年のように数か月に渡って滞在。自身チェンバロを弾くほど音楽好きだったジクムント3世は、タルクイニオ・メールラ(トラック2、9、12,16,17,18)を宮廷音楽家として雇うなどイタリア人音楽家を招き続け、その結果、1595年から1649年までの54年間に渡ってポーランド・リトアニア連邦の宮廷楽長はすべてイタリア人を任命。そして彼らのほとんどはローマ楽派の著名なメンバーであるだけでなく、パレストリーナの元弟子でもありました。
レオナス・サピエガ
リトアニア政府のトップだったサピエガ[1557-1633](ポーランド語ではレフ・サピエハ)は、音楽にさらに造詣が深く、王室礼拝堂の管理を任されていたほか、自邸に礼拝堂を併設してイタリア人音楽家のジョヴァンニ・バティスタ・コッチョラを楽長としていたほど。このアルバムでは、蔵書の写本に収められた作者不明の曲(トラック14)も収録。
演奏者情報◆ カント・フィオリート(古楽アンサンブル)
リトアニア人歌手たちと国際的な器楽奏者たちで構成される古楽アンサンブルで、リトアニアの首都ヴィリニュスを拠点とし、2013年に活動を開始。
レパートリーはルネサンス音楽とバロック音楽で、特に17世紀のリトアニア大公国およびポーランド・リトアニア連邦の音楽生活を研究して演奏しています。
リトアニアのほか、ノルウェー、オーストリア、スロヴェニア、ポーランド、ドイツ、イタリア、スウェーデン、イギリス、エストニア、ラトヴィア、オランダなどで演奏しており、「ハンザの道」と題した大規模なヨーロッパ・プロジェクトも開始。
CDは、Brilliant Classics、Sempliceなどから発売。
◆ ホドリーゴ・カウヴェイラ(コルネット、リコーダー、芸術監督)
ブラジルのポルトアレグレ生まれ。スイスのバーゼル・スコラ・カントルムでリコーダーを学び、同時にミラノ音楽院でペドロ・メーメルスドルフのもとでリコーダーと中世音楽を専攻。その後、ドイツのトロッシンゲン音楽大学でコルネットの修士号を取得。
カルヴェイラは有名な古楽アンサンブル「カペラ・メディテラネア」のメンバーでもあり、同楽団の芸術監督、レオナルド・ガルシア・アラルコンの音楽アシスタントを務めてもいます。
CDは、Brilliant Classics、SONY Classical、harmonia mundi france、deutsche harmonia mundi、Alpha、Ricercareなどから発売。
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