ある日、手元に届いた一枚の手紙。そこに貼られていた蟹工船の切手を眺めてふと思い出したのは、押入れに仕舞われていた大叔父の日記だった。彼が乗船していた富山水講初代練習船・高志丸は、大正6(1971)年に世界で初めて海水使用カニ缶を製造したという。
日記をきっかけに紐解かれる、富山における蟹工船の歴史。人類とカニ缶詰の関わりに、次々と知る越中富山と北海道の深いつながり。小林多喜二の描いた『蟹工船』から考える、富山の工船・エトロフ丸で起きた事件。そしてシュムシュ島(千島列島)への上陸。
いくつもの偶然の出会いが重なって、導かれたものは何だったのか。海を渡った人々の生きた痕跡を辿り、行き着いた先とは。
労働問題としても象徴される蟹工船に旅情的視点から向き合い、過去と現在が結んだ縁の行方を旅する新しい一冊。
はじめに 若き大叔父との出会い
一章 高志丸、その生涯
一節 工船カニ漁業の先駆は?
二節 初代練習船高志丸の建造
三節 高志丸北洋航海の航跡
四節 六月気温一度。八時になっても暗くならない
五節 高志丸のその後
(一)廃船の謎
(二)アンカーの謎
(三)払い下げ先の謎
六節 高志丸の最期と二代目呉羽丸の建造
(一)高志丸の最期についての謎
(二)呉羽丸建造の経緯
(三)蟹工船は石川発ではない
二章 カニ缶詰
一節 缶詰、人類が生存する限り
二節 缶詰工場
三節 タラバガニと缶詰
四節 カニ工船と戦後の労働体験談
(一)一村哲夫氏
(二)内山勇氏
三章 ”越中もんの歩いた後にわら屑も残らん”
一節 北の新天地へ
(一)北方領土水晶島の昆布
(二)”越中衆が八割”羅臼の町と生地衆
(三)利尻島にも”新湊”が?
(四)石狩沼田を拓いた喜三郎ら
二節 函館と小樽
(一)伏木の港町に軒を連ねた移民宿
(二)函館の街と北洋漁業
(三)越中宮崎から函館山の海岸に
(四)小樽の街と北海製缶
(五)袴信一郎ら根室・千島の越中者
(六)小樽の越中屋
(七)富山からも占守島守備隊に
四章 ♪北緯五〇度、カムチャッカ沖だぁ
一節 北太平洋の霧、二つの光景
二節 パラムシル島とシュムシュ島、眼前にカムチャッカ
三節 榿松の島と報效義会
(一)『千島撿録』に見る占守島のこと
(二)『千島撿録』に登場、土岐某師
(三)ブランコに乗って怒鳴られた生徒は
五章 小林多喜二作『蟹工船』考
一節 富山工船エトロフ丸事件
二節 小説『蟹工船』について
六章 村の灯篭と、越中人の渡道者異聞
一節 故郷に灯篭を寄進
二節 もう一対の灯篭
(一)旭川区南日恒次郎、弥三次
(二)恒次郎の移住地は?
(三)電話
(四)Eメール
(五)『人名録』の旭川区在住者
(六)寄り会うて
(七)手紙「あと何年かしたら」
(八)越中人の渡道者、異聞
おわりに
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