漱石の弟子である内田は幻想小説でも独自の境地を開いたが、
エッセイストとしても一流の存在であり、東京山の手的なスタイリズム
や独特のユーモアは弟子の高橋義孝やその弟子の山口瞳、あるいは精神
的弟子とも言える宮脇俊三や阿川弘之にも受け継がれている。
...と書いてしまったが、実際の所、内省的で高雅な百鬼園先生が
朴訥で実質主義一点張りの「相方」ヒマラヤ山系氏や旅先で出会った
田舎の人々とこっけいなやり取りをし、そこで困惑しつつもシニカル
な批評精神から冷静に自己を描写し続ける姿は上に挙げた「弟子」達の
誰も及ばない境地に達しており、表面的な部分はともかく、本質的には
誰にも超えられていないことは明らかである。とにかく、一度読み始めれば
(少なくとも章を読み終えるまでは)やめられなくなってしまうことは
請け合いである。
他のユーザのコメント