ちょっと難解、というのが一番の印象。でもまぁ、それなりに楽しめる1品。 取り扱うテーマは過去の重大事件、そして冤罪の可能性。 そして、主人公の女性弁護士が、事件の被害者の1人でもあった、というのが最大のポイント。法律に詳しくない人間からすると、 「関係者の1人、それも超重要人物 、 その人自身が弁護を担当するというのは法律上で問題は無いのか? 無いとしても裁判官やら何やらの判断でそういった人選は避けるのが普通ではないのか?」 といった疑問が湧いて仕方がないわけですが、そこはフィクション。華麗にスルーするのがエチケット&マナー(?)なのか、とw | | しかし、こと ”冤罪” を取り扱った作品は過去にもこれを含めて何度も読んだり観たりしたし、これからも尽きることなくちょくちょく取り上げられる重大テーマなんだろうとは思う、思うけど… 冤罪を主軸にした作品でまず一番に思うのは、もちろん冤罪をかけられた人物には同情を禁じ得ない、無実なのだから当然であるが、それと同時に、冤罪が発生したという事は ── 真犯人を野に放ったまま放置することになる ── わけで、その責任ってやつの所在。 重大な事件であればあるほど警察は早期解決に躍起になり、上からのプレッシャー、世論からの凶悪な突き上げ、無責任なマスゴミの視聴率目当てなだけの煽りまくり、等々に焦りに焦って短絡的な結論に結びつけ、一度決定づけられた方針・方向性を曲げることは難しすぎて、そのまま真犯人ではない、真犯人っぽく見える(あるいは捜査官権者の目にはそうとして見えない)人物を犯人と決めてかかり、かくて冤罪は成立するわけで、じゃあその裁判やら何やらにかかる日数、捜査期間も含めて判決までに至る相応の膨大な年月を、その間ずっと真犯人を世に放ったまま放置してしまうことになるわけで、これで後に真犯人が見つかったとて、その 『実は真犯人だった』 人物の暮らしていた地域の近隣住民たちの恐怖たるや、と思わずにいられない。それほど長い年月、凶悪な犯罪者を野に放ち続けていて、更にはその期間(捜査~誤認逮捕~裁判~冤罪による無罪確定)に新たな犠牲者が出ていたとしたらどうなるのか? そこに発想を向けている作品は、知る限りでは皆無であるという点。 その点が、自分には気になって気になって仕方がない…