蛮族による屈辱的な首都蹂躙の後、イタリア半島には一時的な平和が訪れます。蛮族がガリア(現フランス)で共食い状態になってしまったからです。しかしホノリウス帝亡き後、二年にわたる内戦に陥り、そして運命の476年、皇帝が蛮族の手によって廃位され、西ローマ帝国は偉大なる終りの瞬間を持つこともなく、滅亡の時を迎えることになりました。