丁丑公論は福沢諭吉が西南戦争を密かに論じたものであり、同時代の知性があの最後の武士の反乱に対してどういう見解を持ったかを知ることができる。福沢はおよそ権力というものが専制を志向するということを認めた上で、それに対するには抵抗の精神しかないという。その精神の表れ方として西南戦争を見ている。ただ、福沢は精神の発露の方法は同じではないとしている。 この抵抗の精神を基本とすれば、痩我慢の説で新政府に寝返ったとして旧幕臣の勝や榎本を批判するのも主張するところは同じだろう。 読みやすい本ではなけれど、取り上げられた人物に対する同時代の証言として読むには興味深い。