幻想の民の歴史を辿る旅

農牧民でも、狩猟民族でもない、流浪の民をテーマとしたこの本は、異文化への憧憬をまぶしたエッセイかと期待したが、その期待はすぐに裏切られた。冒頭は、幽霊の話を核に、あいまいとした口述文化・歴史で生きてきた人々の文化的心理に迫りつつ、その流浪のルーツを探す、推理小説のように物語は進んでいく。その過程で、国とは何か、何が国境を規定するのかという問いかけが逆に読者に投げつけられていく。日本人が当たり前としている確固たる制度たるものは逆に少しずつ、その色合いを失せ、土台が揺らいでくる。こうした読書経験は稀有なものといっていい。同じ流浪の民でもその対極にいるのがユダヤであろう。彼らの富と才能、そしては生き残りをかけた権謀術数は他の民族を圧倒しているといっていい。しかし、その結果として今起きている世界中の紛争とその悲劇を考えるとき、生き残りにたけたジプシーと比べて、どちらが人類史的に称賛されるべきか、考えさせられるところである。 異文化好きの人だけでなく、政治学者、右傾化している国民も含めて広い層の読者にこの本を一度手に取ることをお薦めしたい。著者は写真家であるので写真と文章が一体となってどちらからでも楽しむことができる。