大人のスピリットの窓を開けてくれる本☆

まずこの本をパラパラとめくり、それぞれの章の冒頭にあるアネケ・ヒーマン&クミ・ヒロイによるカラー写真を眺めてほしい。 それからその章タイトルを見てほしい。 まずそれだけで、ある満足を感じるだろう。 なぜなら、その章タイトルは、その写真の本名といっていいくらい、最適解だからだ。 それを実感するだけで、良かった……とほっとして、じゃあちょっと珈琲でもいれようか、という気分になってくる。なにかが正しいと確かに実感できるというのは、人間の幸福の一つだからだ。 そして珈琲を飲んでから文章を読んでいくと、静止画のはずの写真が、動き出す。 中の人が、しゃべり出す。 ああ、そうだったのか、 だからそうしたのか…… などと、読者は次第に納得していく。 時に中の人は、こっちとばっちり目を合わせてまっすぐ話す。 それでもたじろがずに聞いていると、中の人は更に事情や本音を告白してくれる。 これはドラマ「古畑任三郎」の本版かもしれない。 「古畑任三郎」ではまず真犯人が出てきてしまうのだが、この本ではまずドラマの核心の現場が見えてしまう。見えてから、「というのは……」と言葉が始まる。けれどそれで、全く興は削がれない。 写真や小説を勉強している人には、一人ワークショップの教材としても機能するだろう。 ストーリーのある写真とは? 映像的な文章とは?人を言葉で描くってどういうこと? と、楽しみながら自然に勉強になってしまう。 けれど、まず、ただ、ステイウィズミーな至近距離に置いてみてほしい。 本から、何か開放的な風が吹いてくる。 大人の自由なムードが漂ってくる。 このコロナ下でずーっと閉塞していた心の窓が開く。 読み終えると、『いつもだれかが見ている』というミステリー調のタイトルの印象は、意識したい好もしい他者を期待したいような、楽し気なものに変化している。 好もしい誰かの視線を意識したりしたい。そんな、自分と他者を信頼できる外向的な気持ちが訪れている。 それは、コロナのせいでもう長いこと中断されていた、ほどんど懐かしいような最も大事な気分だ。 わたしたちは、外に出たい、新しいおしゃれがしたい、美術館に行きたい、旅をしたい、誰かと知り合って話がしたい、恋をしたい、友人とばかみたいに笑い合いたい……。 そんな極めて自然な気分を取り戻すきっかけになってくれるのが、一見非常に物静かな、本書だ。