舞台の郡山市に住む私としては…
1972年作品の古びた画像が修正されているので、画像の問題はほとんどありません。この映画がつくられた頃、わたしは高校1年の子ども。任侠映画を見る趣味はなかったので、舞台となった郡山市に住みながらこの作品の存在をずっと知らずにいました。高倉健他界を機会に検索して見つけた次第です。この一作をもって高倉健の任侠映画全体を論じることはできないでしょうが、任侠の中に人情がひじょうに強く表れていて、「幸福の黄色いハンカチ」以降の作品との一貫性を感じました。ニンジョウ路線ですね。
公開当時、とても人気があったからでしょう、次々と高倉健の任侠ものを作るためか現地ロケがほとんどないのは、郡山市に住む私としては残念です。しかし、郡山市民のために作られた作品ではないので、それがマイナス評価の要因にはなりません。観客が楽しめればそれでよいのです。それに、高倉健の任侠路線最後の頃の作品ですから、一見の価値はあるのではないでしょうか。
郡山市は昭和30年代に「暴力都市」と言われるほど暴力団の抗争が相次いだ所です。菅原文太の「仁義なき戦い」にも「郡山」という言葉が登場します。郡山市の当時の状況に目を付けたのはスタッフの慧眼というべきでしょう。同じ年に作られた「百万人の大合唱」という若林豪と酒井和歌子主演の映画は「暴力都市」を返上して「音楽都市」に変えて行こうという正義派映画。後者の方が好きといえないわたしです。
他のユーザのコメント