労作でありながら、もう一歩
オウム事件で研究生活を一時大きく迂回せざるを得なくなった著者が、それ以前よりすすめていた天理教の研究をまとめた労作。
天理教の成立過程を一時資料にあたりながら、天理教側の公式見解のいくつかを、真言宗やキリスト教をモデルとして取り入れた結果と論じる。
また、村上重良らの先行研究は、左派よりの視座そのものにゆがみがあったため、研究者らの願望が反映した結果、教祖を神格化したことを指摘している。
しかしそれらの指摘は特に新しいものではなく、天理教団側からすでに出版された石崎正雄編『教祖とその周辺―天理教史の周辺を読む―』天理教道友社、1991年などでもふれられていることである。
教祖中山みきの神懸かりとされる言動を精神分裂病の症状と断じるのは、かつての内在的理解の視座を捨てた著者らしい。
が、そうした精神分裂病的な言動は古今東西どこにでもみられたのであって、なぜ、中山みきにおいて、その言動をうけて人生を左右させていった信仰者が数多く現れたのかの疑問に迫ることはなく、「宗教の発生」の謎はついにわからず終いである。
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