鏡のような本

筆者をここまで突き動かすものは何なのか、と考えた時に行き着くのはやはり、ご自身が親鸞会にいらっしゃった時の経験が統一教会信者の方と大きく重なる部分があるからなのだろう。 他人に隠さなければならないような宗教が、いま目の前の人を救うことが出来るという真っ直ぐに歪んだ信仰は、時と共に私の想像とは全く違った様相になっているようだった。ただ、問題とされる霊感商法については終始他人事のように言及する幹部の話には溜息が出た。筆者は鋭くそこを突いている。 私自身は真宗門徒であるのだが、本書内の研究会や修練会、子ども対象の行事、不要な施設充実など共通点が多数見受けられた。これが統一教会の話だということを伏せていたらきっと最後まで見分けがつかない。 霊的体験が多いことには驚かされたが、「神学科に行けえ!」という声が聞こえたというくだりは、教行信証等に描かれた、皇子アジャセが亡き王ビンバシャラの声を聞くということと重なって読めた。 筆者のいう「影を学ぶことは光を見ることである」から思う。私は自分以外を影としてしまってはいないか。