日本の精神科医療の質の向上のために。
世界の精神医療は、かつての深刻な人権侵害を伴う“治療”へのこだわりから、当事者の人権擁護を基本とした当事者中心の支援によるパーソナルリカバリーへと転換してきている。
子ども期の虐待を含む逆境体験から生じる脳の形態的変化は、ストレス反応障害となりやすく、精神疾患の発症と高い関連性がある。長期の過大なストレス負荷からストレスに脆弱な脳になるのであるならば、当事者の価値観・主体性の尊重から獲得される信頼感などの社会的報酬の活性化が、脳に可塑的変化を生じさせ、脳の回復を促進する可能性がある。
脳の神経伝達物質の調整は、薬物療法だけではない。心理・社会的観点からの適切なアプローチはより包括的に脳内の神経伝達物質を調整している可能性があり、薬物療法と同等、またはそれ以上の効果がある。
ストレスの観点から関われば、当然、当事者の人生における意思決定、価値観、主体性を最重要視する当事者中心の支援となっていき、病気はその人の人生の一部となる。つまり、“ヘルスケアの中心に病気をおくのではなく、ヒト全体をおくこと”が重要となる。それは、生物心理社会的モデルの実現になり、世界では重症者も地域で生活できるなど成功している。
一方、わが国の精神医療は、未だ“治療”へのこだわりをもち、“強制”と“人権侵害”に依存し、常態化した行動制限は、当事者に過大なストレス負荷をかけ、暴力が暴力を生む構造を生み出し、先進国の中でも低いアウトカムを示している。
人権とメンタルヘルスは密接に関連していることから、精神医療の先進国では、すでに、力で相手をコントロールしようとすることから脱却し、科学的なアプローチにより人権擁護の精神医療へと転換し、より良いアウトカムにつながることを実証している。
精神看護師である著者が、臨床における疑問から、脳科学・心理学を中心とするエビデンスをつなぎ、人権擁護につながる精神医療が実現できることを示した本であり、看護師だけでなく、精神医療にたずさわる方すべてを対象としている。本書を通じて精神医療についての対話が生まれれば幸いである。
【目次】
第1章 ストレス
1-1.ストレス脆弱性モデル
1-2.ストレスに対する生体反応
1-3.ストレスに関する脳の反応
(1)情動を伴う予測
(2)効率的な身体予算管理に基づくストレス反応からのリカバリー
(3)ラットの身体拘束に対するストレス反応
(a)身体拘束によるストレス反応
(b)恐怖の条件づけ
(c)自己コントロールができないストレス反応
1-4.長期のストレス負荷によるヒトの脳に対するダメージ
1-5.行動制限というストレス負荷
(1)精神症状・拘禁反応・PTSDという二次障害リスクと死亡リスク
(2)学習性無力感(Learned Helplessness)
(3)行動制限による反撃
1-6.精神科看護師による管理的介入の弊害
(1)当事者と医療者の対立構造と信頼関係の崩落
(2)学習の強要
(3)懲罰感情
(4)看護の統一チーム
(5)操作性とアピール
(6)陰性感情
第2章 価値観と主体性に基づく看護
2-1.パターナリスティックな治療から当事者中心の支援への転換
(1)当事者の判断能力
(2)対話と交渉、そして謙虚かつ真摯な態度
2-2.当事者中心の支援ーストレス予防からリカバリーまで
(1)ストレス予防
(2)ストレス反応のからのリカバリー
(3)ストレス耐性を高める
(a)脳の可塑性ー社会的報酬を伴う良好な人間関係からはじめるニューロン学習
(b)予測エラーのコントロール
(c)学習ー問題解決のためのセルフマネジメント
2-3.心理・社会学的スキル
2-4.科学的アプローチ
2-5.世界の当事者中心とする支援の広がり
(1)世界の当事者中心の支援
(2)当事者中心の支援国の看護教育
(3)日本の当事者中心とする支援の取り組み
(a)共同意思決定(Shared decision making)
(b)価値精神医学・ACT・生活臨床
(c)急性期における当事者中心の支援
2-6.パーソナルリカバリー
2-7.人権
2-8.アイヒマンの実験ー権威への服従
第3章 精神科看護師の専門性
3-1.ストレス分野の専門性
3-2.これまでの精神科看護の中心理論ーセルフケア理論
3-3.これまでの精神科看護の中心理論ー精神分析理論


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