愛を語るには、まず国語力から

タイトルに「愛」とありますが、その実体は限りなく自己満足に近いものです。 「私」「あなた」「僕」「君」といった主語が異常なほど多用される一方で、具体的な情景描写や客観的な視点は乏しく、全体を通して自己陶酔と自己憐憫、願望の垂れ流しが続きます。読者の共感や想像を促すというより、“自分語り”の連続。詞というより日記あるいはポエムに近い印象を受けました。 致命的なのは、比喩や象徴性が一切なく、感情や出来事を全て“言い切ってしまう”点です。行間の余韻や想像の余地は皆無で、表現の重複も多く、読み手の感性に訴える力が極めて弱い。結果として、歌詞に必要な「詩性」は見当たりません。 構成や言い回しにも既視感が強く、どこかで聞いたようなフレーズが断片的につなぎ合わされている印象です。意図的か偶然かは分かりませんが、いくつかの詞からは昭和から平成の有名楽曲の断片が思い浮かび、「オリジナル作品」と呼ぶには疑問符が残ります。 正直なところ、「これ、本当に他人に読ませる前提で書いたのか?」と首をかしげずにはいられません。作詞の入門書で“やってはいけない例”として引用されてもおかしくないレベルです。率直に言えば、どこか一人でも赤を入れてくれる人がいれば…と思わずにいられません。 極めつけは、作者本人と思しきアカウントによる★5レビューの数々。いずれも不自然なほどの賛辞が並び、自画自賛の香りが濃厚に漂います。作品そのものよりも、そこに滲み出る“強烈な承認欲求”の方が印象に残る結果となってしまいました。