娘を完膚なきまで支配下に置く母。これまでの人生、何一つ思い通りにならなかったのだろう。娘だけは思い通りに、自分が完全にコントロールできる唯一のものとして縋り、縛り続けてきた。 娘に押し付けたものは、本当は自分もこう育てて欲しかったという願望に思える。親に捨てられ、捨てた親は裕福で派手な暮らしぶり。本当は自分がそこにいたかった、皆に尊敬され、何不自由ない生活。本当なら自分だってお嬢様学校に行くはずだった。医者になり父と肩を並べていたかもしれない。そして何より、母親に一心に愛されるはずだった。愛して欲しかった。どうして置いて行ったの? 自分には出来なかった夢のような生活。無意識に、娘を使ってその夢を実現しようとしていたのかもしれない。娘なら絶対に出来る、私が望めば必ず意のままに動いてくれる可愛い私の娘なのだから。 実際にはあかりさんは人間で、失敗もするし全てが思い通りに行くはずもない。 お釈迦様曰く、人が誰かに吐く暴言は、本当は自分に浴びせたい言葉だという。「お前は何をやってもだめ、生きる価値がない。」これは今まで心の中で、娘でなく自分に投げつけてきた言葉だったのかもしれない。 手にできない夢に必死にしがみついた母。彼女自身、母親の愛を求め続けた可哀想な娘だったのだろう。