まず、何よりもこの宿にて心をくじかれしは、
到着早々の「待たされ」であった。
さして広からぬ館にて、
自ら荷を持ち、己が脚で部屋へと向かうこともたやすき構造ながら、
なぜか「ご案内の者をお呼びいたしますゆえ」との申し出に、
我は長きこと帳場の脇にて、
案内役の老女が現れるのを、
まるで亡霊でも待つかのように待たされ続けたり。
このような形式ばかりの遅々たる振る舞いは、
何より旅人の疲れを引き延ばすものであり、
もはや歓迎とは程遠く、
ひとつの滑稽劇を見せられているかの如し。
さて、いざ部屋に通されてみれば、
館全体に漂うのは、年を経た建物特有の匂いとともに、
清潔という言葉の残響すらない埃の空気。
古びた宿には情緒もあるものだが、
ここにあるのは、ただ老い朽ちた躯と化した壁と床のみ。
食事処は質素にして殺風景、
静けさを望めば逆に耳を刺すような雑音が終始鳴り、
まるで壊れかけた拡声器が、どこかで己の存在を主張し続けているかのよう。
食事はといえば、刺身は辛うじて並、
されど主の鍋は、薄味の出汁に白魚と牛蒡を浮かべたのみの侘しさ。
さらなる締めくくりとして、
翌朝七時過ぎ、フロントは無人にて、
ルームキーを返却箱に投じ、次なる務め地へと車を走らせしところ、
ほどなく電話鳴りて、
「入湯税と夕餉の飲み物、合わせて九百余円、未払いなり」とのこと。
拙は即座に詫び、仕事後に支払いに戻る旨を伝えんとするも、
悪い折にトンネルに入り、通話は断たれぬ。
後刻、改めて連絡すれば、
対応したる宿の者、もはや怒気を孕み、
「警察に通報いたします」との剣幕。
まこと、礼節も風情も、旅人への思いも感じられぬ結びなり。
情を脇に置いて申しても、
このように勧めがたき宿も、なかなか稀なることであろう。
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