今回は離れ客室に予約させて頂き、電話で二つある離れ客室「富士」と「萩」から、「富士」を希望したいとお願いしたが、当日にならないと分からない、というなんとも釈然としない対応でした。 結局のところ当日は希望通り「富士」に通して頂きましたが、現地に着くまでどの部屋に決まるかわからずヤキモキさせられたのは残念でした。 離れの「富士」は本当に素晴らしい部屋でしたが、ゴキブリの死骸がサッシの溝にあったり、蜘蛛の巣が張っていたりと、些細な点はありましたが概ね快適に過ごせました。 大浴場よりも部屋風呂が気持ち良かったですね。。源泉から部屋まで距離があるので、熱い温泉が出てくるまで時間がかかりますが、熱めの湯温がお好みなら源泉のままがお勧めですよ。 食事は特筆すべき点はなく、どこかの仕出しを出されている感じで、天麩羅はちょっと美味しくなかったですね。 朝食は自分でベーコンの上に卵を落として目玉焼きを作る手間が要ります。セルフでホットコーヒーが用意されていますが、明確な案内が無かった(と思う)。偶々席が近かったので私達は気づいたけど、ほとんどの人が気付かずに食事会場から出て行ってました。 旅館の創業時前からあるらしい庭園は大きく三つの区画に分かれており(厳密には四つかな)、大浴場前の池泉回遊式庭園から滝を通してフロント・ロビーと同じ階の池泉鑑賞式庭園に、そこからさらに小さな川のせせらぎを伝って渡り廊下の下を潜って、下の段の庭園へと続く、棚田のように上から下へと続いていて面白いが、見ごたえがあるのは二段目で、一段目は大浴場の柱が庭園の風情を損なっているし、三段目以降はあまり手入れが行き届いてない印象で散策すると蜘蛛の巣だらけで、残念な気持ちになった。 総評すると、部屋の設えは悪くないが、料理はさほどおいしくなかった。大浴場はお湯はぬるめで、庭は手入れが行き届いておらず、剣山のような鳥よけも何とかしてほしい。 地元の方(?)の日帰り入浴利用も多いように思われますが、宿泊者も大事にしてほしい。 近くの国民宿舎や旅館も閉鎖されていたりと、このご時世で苦しい経営だと思いますが、これからも存続に向けて頑張ってほしいと思います。そしてお客目線での対応を考えてください。
客室は十分かつ必要最低限の広さで使い勝手が良い、バルコニーから外が眺められる点は、最上階の「芍薬の間」よりも庭園を存分に堪能できるので景色や外の雰囲気を楽しみたい方には向いていると思います。 風呂については、隣接する「亀の井ホテル(旧かんぼの宿)」の露天風呂と展望風呂が利用できます。展望風呂は明るい時間帯に利用しないと展望が望めません。露天風呂は脱衣場・洗い場共にあまり広くないです。 御花館内にも大浴場があるとなおよいと思う。 ラウンジのドリンクサービスは嬉しいサービスですね、以前は大広間でもドリンクサービスをされてましたが、準備が大変そうで畳を汚されるリスクもあるので、取り止めて正解だと思います。
食事のみの料亭と御宿は入口が別になっており、当日は一組だけという事で御宿玄関前に駐車させて頂きました。玄関から坪庭を見ながら直角に折れてロビーへ入ります、通された2階の部屋は使い易いニットバス形式の洋室ですが、1階に大きな檜風呂が有るので手足を伸ばしてゆったりと寛げました。食事は夕食・朝食共に庭園を眺めながら頂きました。地元の食材がふんだんに使われた和食を心ゆくまで堪能できました。 臼杵市は安土桃山時代にはキリシタン大名・大友宗麟が治めた地で、江戸時代に入ると稲葉氏が大名となり臼杵城を引き継ぎました。その際、稲葉氏に従い臼杵に移った目付役家老・稲川氏の屋敷跡が現在の春光園であり、小堀遠州作の庭園と茶室を損なわないままに引き継ぎ現在に至ると伝わっています。武家屋敷は時代とともに改修を繰り返し、現在のそれは昭和初期頃の姿を伝えているようです。庭園は小さいながらも玉澗流池泉庭園で安土桃山時代の庭園様式を伝え、池の背後右手の築山石組は大胆ながらも品があり、下部には亀頭石が確認でき蓬莱山であることがわかります。茶室は二畳半の小間で素材に凝った密度のある作りとなっており、その飽きの来ない設えに囲まれた凝縮された空間に身を置くと時間が経つのも忘れてしまいそうな、窓辺に肘をついて小舟に揺られているような気分になれる大らかな茶室でもあります。玉澗式の築山の頂上には春の夜に月が丁度かかるように設計され、月の光に照らされた夜の庭が最も美しいそうです。また築山の頂上から茶室にむかって石組が一気に階段状のスロープになって下っており、さながら月を茶室に招き入れるが如きロマンチックな設えとなっています。この大変美しい設えは春光園庭園の最大の特徴と言えるでしょう。各地に小堀遠州作と伝わる庭は多いですが、この非凡かつ秀逸な設えこそがこの庭の小堀遠州作の根拠と言えるかもしれません。庭の奥のもう一つの茶室の露地の竹垣の傍らの古い立石は作庭当時からあると伝わり、そこに刻まれた『春光園』の文字がこの庭園の名前の由来とされています。築山に植えられた松は少なくとも昭和初期以来枯れておらず小さい樹形を保っているそうです。庭の奥に置かれた大変珍しい四重塔は領主稲葉家から稲川家に下賜されたもので、常に死を覚悟した武家らしい景物と言えるでしょう。春光園は武家屋敷式台玄関の天井からして既に床挿しの勇ましさです。
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湯野温泉 紫水園
今回は離れ客室に予約させて頂き、電話で二つある離れ客室「富士」と「萩」から、「富士」を希望したいとお願いしたが、当日にならないと分からない、というなんとも釈然としない対応でした。 結局のところ当日は希望通り「富士」に通して頂きましたが、現地に着くまでどの部屋に決まるかわからずヤキモキさせられたのは残念でした。 離れの「富士」は本当に素晴らしい部屋でしたが、ゴキブリの死骸がサッシの溝にあったり、蜘蛛の巣が張っていたりと、些細な点はありましたが概ね快適に過ごせました。 大浴場よりも部屋風呂が気持ち良かったですね。。源泉から部屋まで距離があるので、熱い温泉が出てくるまで時間がかかりますが、熱めの湯温がお好みなら源泉のままがお勧めですよ。 食事は特筆すべき点はなく、どこかの仕出しを出されている感じで、天麩羅はちょっと美味しくなかったですね。 朝食は自分でベーコンの上に卵を落として目玉焼きを作る手間が要ります。セルフでホットコーヒーが用意されていますが、明確な案内が無かった(と思う)。偶々席が近かったので私達は気づいたけど、ほとんどの人が気付かずに食事会場から出て行ってました。 旅館の創業時前からあるらしい庭園は大きく三つの区画に分かれており(厳密には四つかな)、大浴場前の池泉回遊式庭園から滝を通してフロント・ロビーと同じ階の池泉鑑賞式庭園に、そこからさらに小さな川のせせらぎを伝って渡り廊下の下を潜って、下の段の庭園へと続く、棚田のように上から下へと続いていて面白いが、見ごたえがあるのは二段目で、一段目は大浴場の柱が庭園の風情を損なっているし、三段目以降はあまり手入れが行き届いてない印象で散策すると蜘蛛の巣だらけで、残念な気持ちになった。 総評すると、部屋の設えは悪くないが、料理はさほどおいしくなかった。大浴場はお湯はぬるめで、庭は手入れが行き届いておらず、剣山のような鳥よけも何とかしてほしい。 地元の方(?)の日帰り入浴利用も多いように思われますが、宿泊者も大事にしてほしい。 近くの国民宿舎や旅館も閉鎖されていたりと、このご時世で苦しい経営だと思いますが、これからも存続に向けて頑張ってほしいと思います。そしてお客目線での対応を考えてください。
柳川藩主立花邸 御花
客室は十分かつ必要最低限の広さで使い勝手が良い、バルコニーから外が眺められる点は、最上階の「芍薬の間」よりも庭園を存分に堪能できるので景色や外の雰囲気を楽しみたい方には向いていると思います。 風呂については、隣接する「亀の井ホテル(旧かんぼの宿)」の露天風呂と展望風呂が利用できます。展望風呂は明るい時間帯に利用しないと展望が望めません。露天風呂は脱衣場・洗い場共にあまり広くないです。 御花館内にも大浴場があるとなおよいと思う。 ラウンジのドリンクサービスは嬉しいサービスですね、以前は大広間でもドリンクサービスをされてましたが、準備が大変そうで畳を汚されるリスクもあるので、取り止めて正解だと思います。
御宿・料亭 春光園
食事のみの料亭と御宿は入口が別になっており、当日は一組だけという事で御宿玄関前に駐車させて頂きました。玄関から坪庭を見ながら直角に折れてロビーへ入ります、通された2階の部屋は使い易いニットバス形式の洋室ですが、1階に大きな檜風呂が有るので手足を伸ばしてゆったりと寛げました。食事は夕食・朝食共に庭園を眺めながら頂きました。地元の食材がふんだんに使われた和食を心ゆくまで堪能できました。 臼杵市は安土桃山時代にはキリシタン大名・大友宗麟が治めた地で、江戸時代に入ると稲葉氏が大名となり臼杵城を引き継ぎました。その際、稲葉氏に従い臼杵に移った目付役家老・稲川氏の屋敷跡が現在の春光園であり、小堀遠州作の庭園と茶室を損なわないままに引き継ぎ現在に至ると伝わっています。武家屋敷は時代とともに改修を繰り返し、現在のそれは昭和初期頃の姿を伝えているようです。庭園は小さいながらも玉澗流池泉庭園で安土桃山時代の庭園様式を伝え、池の背後右手の築山石組は大胆ながらも品があり、下部には亀頭石が確認でき蓬莱山であることがわかります。茶室は二畳半の小間で素材に凝った密度のある作りとなっており、その飽きの来ない設えに囲まれた凝縮された空間に身を置くと時間が経つのも忘れてしまいそうな、窓辺に肘をついて小舟に揺られているような気分になれる大らかな茶室でもあります。玉澗式の築山の頂上には春の夜に月が丁度かかるように設計され、月の光に照らされた夜の庭が最も美しいそうです。また築山の頂上から茶室にむかって石組が一気に階段状のスロープになって下っており、さながら月を茶室に招き入れるが如きロマンチックな設えとなっています。この大変美しい設えは春光園庭園の最大の特徴と言えるでしょう。各地に小堀遠州作と伝わる庭は多いですが、この非凡かつ秀逸な設えこそがこの庭の小堀遠州作の根拠と言えるかもしれません。庭の奥のもう一つの茶室の露地の竹垣の傍らの古い立石は作庭当時からあると伝わり、そこに刻まれた『春光園』の文字がこの庭園の名前の由来とされています。築山に植えられた松は少なくとも昭和初期以来枯れておらず小さい樹形を保っているそうです。庭の奥に置かれた大変珍しい四重塔は領主稲葉家から稲川家に下賜されたもので、常に死を覚悟した武家らしい景物と言えるでしょう。春光園は武家屋敷式台玄関の天井からして既に床挿しの勇ましさです。