初めて著者を知ったのは、ある新聞のコラムでした。
数学者という肩書きで、さぞやこむずかしい話かと思いきや、世の中は分からないことだらけ、というような趣旨で、~が分からない、~も分からない、という具合に平然と書かれていました。謙遜されているのでしょうが、日頃自分が思っているようなことを代弁してくれていたのが、大層印象深かったのです。理系の院卒といえど、身近に起こる現象の理由でさえ、さっぱり分からないことだらけです。しかし、こじつけでも何らかの理由を見出さないとスッキリしませんし、辺りには簡単には許してくれなさそうな空気が漂います。このあたりに関しては、本書の「いじわるにも程がある」は、腹を抱えて笑えます。その一方、教育的なエッセーでもあり、これだけでも十分読む価値があると思います。
本題の「国語教育絶対論」は、昨今の教育について考えさせられる点が多く、特に幼少期の英語教育に関心のある方々にも、参考になる本だと思います。
発音がネィティブに近い外国語に憧れを持つ人は多いです。もっと小さい頃から練習していればなぁ、とも思う方も多いでしょう。きれいに話せるのに越したことはないです。しかし、大多数の人にとって、あくまでも外国語は手段であって、目的ではありません。きれいな発音でないのは、可。正しい文法でないのは、可。けれど、内容がほとんど無いのは、。。。
思考を司るのは国語であり、しっかりとした基盤作りの時期である幼少期に、まず何を優先させるべきかは明白でしょう。
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