「阿房列車(あほうれっしゃ)」を「あぼうれっしゃ」だと思っていた僕は、かなりなアホウに違いない。
黒澤明監督の晩年の名作、「まあだだよ」に描かれた内田百間(正しくは「門構え」の中に「月」だが、正しい文字は、「機種依存文字」であるとして、アップロードを拒否される。)がものした、代表作の一つである。
作品は、還暦を過ぎた著者がヒマラヤ山系氏をお供に、「何の用事もない場所に列車で出掛けて、酒を飲んで帰ってくる」と云う事を主たる目的として旅に出た、その紀行文(?)だ。
ヒマラヤ山系氏とは、森まゆみ氏の後書きによれば、国鉄の雑誌編集者であった人で、著者のファンであったことから、原稿の依頼に行った事を切っ掛けとして、お互いに親しくなったものらしい。
著者は、概ね貶し、たまに持ち上げて書いているが、口数少なく、にも拘わらず、結構社交家で、多分かなり真面目で、しかし、大の左党であった様子が、著者一流のすっとぼけた描写で描かれている。
著者は、観光地巡り、名所旧跡訪問なんぞには、目もくれない。原則として、事前にシッカリとリサーチした路線情報に基づき、ひたすら鉄道に乗り、その日の目的地に着くと旅館に籠もって酒を飲み、翌日は昼まで寝る。朝食は、日頃の習慣を守り、一切食べない。そして、又、車上の人となる。
鉄道に関する知識と情熱は、相当の物である。
ここに描かれた著者の願望は、「頑張らない」、「力まない」、「ムキにならない」、「好きな事以外はしない」なのだけれど、なかなかそうも行かず、見送りや出迎えを受け、取材を受け、雨に降られ、女中の頑なさに辟易させられたりしている。
が、性懲りもなく次の阿房列車を仕立てるところをみると、やはり、相当に気に入っていたらしい。
著者を怠け者と見るか、拘りと思索の人と見るかは、読者次第。
余りその様な事は書いていないけれど、戦争で疲弊しきった国土がどの様に復興しつつあるのかも気になっての旅だったのかもしれない。
借金の大家であった筆者は、勿論、一連の阿房列車の旅にも借金して出掛けるが、さて、それは、阿房列車の原稿料で返せたのかしらん?
因みに、このシリーズに触発され、後に、阿川弘之氏が「南蛮阿房列車」を書き、沢木耕太郎氏が「深夜特急」を書いたと云う理解で良いのかな?
他のユーザのコメント