無為の農法の中に見える人間本来のあり方
この本について初めて耳にしたのはアメリカにいる時でした。旅先でたまたま知り合ったアメリカ人が、「きみは日本人か、だったらマサノブ・フクオカという人物を知っているか、ワン・ストロー・レヴォリューションという素晴らしい本の著者だ」と言ってきたのです。福岡正信という人物の名前を聞くのは恥ずかしながら初めてでしたが、アメリカ人にそれほど畏敬の念を抱かせる書物とはどういうものかと思い、とりあえず現地で手に入った英語版を読むことにしました。
英語版にはとても感動的な、インド人農学者によるまえがきが付いておりました。いわく、日本でする通りに「自然農法」をインドで行うことはできないが、基本理念を守り、現地の環境を考慮して試行錯誤した結果、インドでも「耕さない農業」が可能になったという話です。さてその「自然農法」ですが、これは革命的、もっと言えば反逆的な農法です。これまで農業上の「発展」とされてきた水田、除草、堆肥などをすべて「余分なもの」として退けてしまうのですから。
翻訳版である英語版も素晴らしい書物でしたが、今日本に戻ってきて原書を読むと、その印象は比べ物になりません。これは翻訳に問題があるわけではなく、ひとえに母語が何であるかという問題です。あのとき知り合ったケントというアメリカ人は、英語で生まれ育ったからこそ英語版「わら一本の革命」の機微を理解できたわけで、その反対に日本人であるわたしは母語の日本語でようやく福岡氏の言葉の本念を理解できたわけです。
わたしはこの読書の間、素晴らしい体験をさせていただきました。農業に始まり、人間の「発展」と見なされてきたものを悉く「堕落」、自然からの別離とする福岡氏の哲学は、われわれのように農業に興味のある方でなくても必見です。
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