「社会的共通資本」という言葉はとても聞こえはいいですが,何が社会にとって必要かが偏った見地からしか考えられていなくて,それを提供するために犠牲になるものがあまりにも軽視されています.かつての偉大な経済学者も,若年世代のことをこれっぽっちも考えない老人になってしまったかと,読んでいて悲しくなりました.