愚かな息子か内乱か

ゲルマン民族との戦いの中、最後の「五賢帝」マルクス・アウレリウスは、最前線のウィーンで死を迎える。後継者を誰にするか? 他の「賢帝」には実の息子がなく、有能な人材を「養子」にすることで「賢帝の世」を築いてきた。しかしながら、マルクス・アウレリウスには息子がいた。経験不足で「お坊ちゃん育ち」の息子コモドゥスを皇帝とするか、または「内乱」覚悟で他の人材を後継者にするか? マルクス・アウレリウスはローマ帝国では「最悪の事態」である「内乱」を回避するために、次善の策として、愚息コモドゥスを後継者にしたのだった。しかし、コモドゥスより愚かだったのは虚栄心の強い姉ルッチラだった。こうして、コモドゥスには「哲人皇帝」としてあまりにも偉大だった父と比して「愚帝」の烙印を押されることとなる。