読み終わったあとの考えるヒント

チェキータさんは母性に目覚めたかな? (笑) どんな死に方なら納得できるか、できないか。 これは実に人様々、千差万別です。 無免許で車を運転し、あるいはそれに同乗して騒いだ果てに電柱に激突死したり、好きなスポーツ(柔道、ボクシング、登山など)で死ぬ、あるいは健康オタクが高じてレントゲンやCTなどの放射線過剰被曝で命を縮めるとか。←わたし これらはその人の思想や死生観の問題なので、一概に馬鹿げた行為と言えません。 過労死や仕事で鬱になり自殺、なんてのも傍から見れば異常ですが、当人はいたって真面目です。 自然災害を自然の営みとして受け入れるか、行政の怠慢として怒るか、立場や経験によっても異なるでしょう。 日本人は食品関連の事件事故、医薬品の副作用に大変敏感です。しかし餅を詰まらせて死ぬことには寛容で、コンニャクゼリーと違って法規制の動きは欠片もありません。 毎年5000人近い死者を出す交通事故を非難し、車やバイクを無せ!と極論を吐く人もいません。 銃が氾濫する米国を見て「個人が自衛する権利? バカじゃないの?」と思う人は多いと思いますが、一定割合の人の損耗を許容したうえで、自動車社会の利便性を享受している日本社会も似たようなものです。 では、一市民として戦争に巻き込まれて死ぬのは? 目の前で親族や知人を失ったら、悲しみ、戦争を恐れ恨むかもしれません。しかし「親兄弟の敵」と銃を手に取る人もいます。ロンドン大空襲然り、東京大空襲然り、湾岸戦争時のバグダッド市民然り。 ココの計画に対する私兵達の考えも様々ですが、そんななか、ヨナが武器を憎む心境に変化は起きるのでしょうか? 武器や兵器のなくない社会は平和か否か。 産業革命以降、戦争に伴う死傷者は飛躍的に増えましたが、ヒトも増え過ぎました。 そもそも農耕が戦争を生んだという説もあります。 アレキサンダー大王の大遠征、ローマ帝国、十字軍、モンゴルの東欧遠征など、戦争にはこと欠きません。 ココはヨルムンガンドによって自身の誇大妄想を実現しようとしますが、私は兄キャスパーの言葉にヒントがあるような気がします。 「この世から武器がなくなると、本当におもうか?」 「船がダメなら戦車を売るよ。銃を売ろう、剣を売ろう、ナタを売ろう。鉄を封じられたならこん棒を売ろう。」