著者はロシア文学の翻訳家であり、大学の教壇にも立っているということのようだ。ロシア語や文学を学ぶべく、高校卒業後にロシアに渡って大学に入って学び―随分を思い切ったことをされたのだと驚いた。―、研究を続けようとした中で帰国して日本国内の大学院で学んだということである。 本書は、そのロシアへ出て過ごした学生時代の回顧というような内容が軸になっている。時期は2000年代だ。 題名に在るように「ロシアに行く」ということで、そこへ至った経過や、出逢った人達との様々な交流、出くわした巷の動きに感じたこと、更に著者がロシアに在った期間に感じた社会の雰囲気の変化に関する事等が綴られた篇が折り重なっている。何れも好いのだが、殊に秀逸なのは「アントーノフ先生」関係の篇だ。 「アントーノフ先生」というのは、著者が学んだ<文学大学>で出逢った人物で、最初に受講した講義に強く惹かれたという教員である。この「アントーノフ先生」との交流は続き、学年が進んでからも別な担当講義を受講している。<文学大学>卒業後も、一生懸命に独自に作った講義録を参照する機会が少なくなく、しばしば思い出した懐かしい人物となっていた「アントーノフ先生」だが、やがて衝撃的な事実に出くわしてしまう。 この「アントーノフ先生」に纏わる数々の篇に触れていて、「独立した短篇にも見える章を折り重ねて創った長篇の小説」というように感じたのだった。 2021年に本書が登場し、翌2022年からは「特定軍事行動」とロシア側が称するウクライナ侵攻という事態になってしまっている。現在時点で“出口”も視え悪い。そのロシアとウクライナとの問題に関しても、両地域に所縁が在る作家―作家に限らず、そういう人達は実に多いのだ。―のことを取上げる等しながら、濃い内容が入っている本書である。そういう点では「今こそ!」という一冊かもしれない。