タイトルを額面通りに捉え反発を持つだけの人は、 読まないほうがいいかもしれません。 怒りだけで納得いかないでしょう。 犯した罪は確かに許されることではありませんが、 我々もマスコミに単純に面白可笑しく、 一部だけをクローズアップされたものに、 踊らされることが多々あることも事実。 有罪無罪で例えが違うかもしれないけど、 あの足利事件でも長年報道当初から、 事件や本人を正しく理解せずに、 いったいどれくらいの人が真実を 履き違えていたことだろう。 そういった点で、 著者としてよくある手の犯罪者のすべてを理解出来ずに、 殺すことに何の意味があるのかと持っていきたいのでしょう。 が、正直この著者の力量不足は否めません。 例の「不謹慎な手紙」に関しても検察や警察の不審な動きがあったことや、 弁護人たちの動きが却って逆効果になっていた点なども、 報道だけではなかなか分かりづらいことを頑張って取材しているのですが、 押しを持ち味にしているのかもしれませんが、 単に著者個人の偏見が顕著な部分もあり、 それが読者には邪魔になり、 或いは反発してしまう部分となってしまっているかもしれません。 ただ、応答形式の取材記述が多いのですが、 これが文言が間違いなく正しいのであれば読む価値はあると思います。 但し読者が自分で考えなければなりません。 著者の力量の無さか敢えてそうしているのか、 当然ながら答えを見出せる部分は少ないです。 「不謹慎な手紙」にしても、迎合しやすい、影響を受けやすい性格なのか、 「犯した罪の重大さ」や「反省」そのものが理解出来るのか云々・・・ など勝手ながらも頭を使わないと読むのは難しいかもしれません。 「事件」としては裁かれるのは当然ですが、 「人間」として裁くのは、 裁判員制度が始まった今となっては、 決して捨て置けない問題も読み取れるかもしれません。