なぜ、彼だけが後の人々から「大王」と呼ばれるようになったのか。なぜ、キリスト教の聖人でもないのに、今でもキリスト教徒の親は子に、アレクサンドロス(英語ならばアレクサンダー、イタリア語ならばアレッサンドロ、略称ならばアレックス)という名をつける人が絶えないのか。その理由はただ単に、広大な地域の征服者であったからか。それとも他に、愛する息子にこの名を与えるのに充分な理由があるのか。なぜアレクサンドロスは、二千三百年が過ぎた今でも、こうも人々から愛され続けているのか。
夢見るように、炎のように、永遠の青春を駆け抜けたアレクサンダー大王。32年の短くも激しい生涯に肉薄した塩野七生、最後の歴史長編。
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