私の父親がラバウルで戦死したり母親が空襲で亡くなっていたら私はいないし、家内の父親が特攻で戦死していたり昭和20年8月9日に小倉が快晴だったら母親もいないから当然家内もいない。半藤さんの想いが伝わる素晴らしい作品です。