戦国武将に対する評価を行いながら、時代背景や思想によって変遷する、いわゆる「大衆的歴史観」(例えば、司馬史観)を考察するもの。著者特有の、鋭い論法で、次々と、時代に翻弄される「人物像」が暴かれることが大変興味深い。 一方、フィクションである「歴史小説」から教訓を得ることよりも、同じくフィクションであるコミックから学んだ方が、より健全であるという意見は、納得しかねる。その具体的理由を、変遷する「人物像」と同様に、明示してもらいたかった。 真意が定かでない逸話、言い伝えが多い。しかし、それを理解、認識したうえで、そこから、教訓や社会洞察、はたまた、「日本人とはなにか」を導き出す(思考、考察して、論じる)ことが、それほど問題であるとは思わない。私は、司馬遼太郎氏の歴史小説(フィクション)を触媒にして、人生上の様々な「解」を導き出すことを好む。過去2000年分の史実がすべて記録として残っている歴史など、なんと味気ないものか。