太平洋戦争初期ドーリットル機動部隊を発見した監視艇の乗組員が捕虜になり捕虜の目から敵国米国を見、戦争の推移を記した記録文学。
当初捕虜になったことを恥じて自殺しようとするが、それも適わず、生き抜いて味方が上陸してきた時に陸側から援護しようと考えとりあえず生き抜くことに決める。戦争開始当時は日本人の全てがそうであったように、主人公も日本が負けるわけがないと考えている。時間の経過とともに、日本人捕虜が増え、それに従い戦局も耳にするが、その上で、日本は勝っていると思い込む。この凄まじいまでの思い込み。カリフォルニアの金門橋の下を通過する時に感じた敵国アメリカのゆとりに対する違和感。そして、最後の最後に富士山を見て敵国航空機を見て敗戦を知るまで日本が負けるわけがないという信念。
歴史を知るわれわれからすると滑稽に見える世界がそこにある。敵国の捕虜になって、その食事の豊かさや寛大さに、ある意味で身の程知らずな戦争をした母国の愚かしさを見るのは簡単だが、そのような戦争をせざるを得なかった当時の戦闘員の事を考えると今更ながら気の毒でならない。反対の立場で、日本軍に囚われた敵国の捕虜を別の意味で気の毒に感じる。
母国に帰り、30銭と思って買った30円の弁当に芋しか入っていない事や、車窓に向けて子供に排尿させる親などをみて、荒廃してしまった日本人に対して感じる責任感に最悪の時期を日本で過ごすことの無かった主人公の幸運(?)をみてしまう。
山本五十六の小説を読んだ後で、捕虜を主人公とした話を読んだ為、戦争の引き起こす意外な面を知ることができた。
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