少し前に『大獄 西郷青嵐賦』を読んだ。『大獄 西郷青嵐賦』は、島津斉彬に見出された西郷吉之助の活動を軸に、<安政の大獄>という事象の前後の時期を背景に展開する物語であった。
本作『天翔ける』は『大獄 西郷青嵐賦』と同じ作者による作品なのだが、両作品は「表裏一体」、「対を成す」、「大長編の上巻と下巻」というように「非常に強い関連性または繋がり」が感じられる。史上の人物達をモデルとした劇中人物が動き回る幕末期が両作品で描かれる訳なのだが、或いは「(執筆された頃に)150年経とうとしていた明治維新とは如何いうモノ?」という大きな問いに対する「作者の回答案」がこれらの2作かもしれない。
本作の冒頭は1863年のある日、福井を訪ねて来て「勝海舟の使い」と称した人物と松平春嶽とが初めて対面して話したというような場面から起こる。やがて、松平春嶽の辿った人生、<安政の大獄>やその他の様々な経過、更に明治維新への道程と、その中での活動や果たした役目というような物語が展開する。
島津斉彬が西郷吉之助を見出したのに対し、松平春嶽は橋本佐内を見出している。各々の主君の意を受けて活動した西郷吉之助と橋本佐内とは、より好い国を目指そうという同志であったが、互いに深い友情を共有していた。そして橋本佐内は刑死してしまい、西郷吉之助は奄美大島で暮らすというようなことの後に様々な経過を辿って行く。
島津斉彬と松平春嶽とは互いを認め合う、高く評価しているという間柄でもあった。島津斉彬は志半ばで急逝してしまう。松平春嶽は生き残った。揺れる時代を見詰め続け、様々な構想を抱きながら活動を続けた松平春嶽は何を思い、何を目指したのか?それが本作の物語であろう。更に、明治維新の経過の末に彼が何を観たのかという物語でもある。
作中で松平春嶽が目指したこととは?恐らく「私」を排して「公」を創るというようなことだったのかもしれない。そういう理想を追う様を「天翔ける」とする訳だ。
松平春嶽は幕末期を背景とする時代モノの作中人物として色々と登場はしていると思う。が、主人公に据えられている作品はやや珍しいかもしれない。が、「私」を排して「公」を創るというような、松平春嶽の思索と活動が追体験出来るような本作は、なかなかに好い…
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