なぜ我々は非学的な人たちに騙されるのか?

科学と真実について知りたくて読書。 インターネットのさらなる進化で10年前と比較しても我々が得る情報量は格段に増えた。 結果、何でも知っているかのような錯覚に陥っているが、実は、情報が入れば入るほど、人は自分の頭で考えなくなっていくのだと思う。いわば、思考停止状態の受け身人間が増殖する。 情報をそのまま真に受けるのではなく、疑い、比較検証し、自分の頭で考える習慣を意識して実践しないと、不誠実な人間の金儲けの道具に利用されるわけだ。 もっとも、僕もこれまで散々利用されてきたのだろうが、少しでも悪意ある情報にミスリードされたり、騙されないために常に謙虚に学び続けたい。 本書では、科学ファクトを無視する例として環境問題を多く上げている。 環境問題は、誰もが反対しづらいから利用しやすい。 環境を守るという美辞麗句を元により多くのエネルギーを浪費して利権者や特定の国を利する愚行を我々は何度繰り返せば学習するのだろうか。 第5章の『沈黙の春』は高校時代に読み、その後に少なからず影響はあったと思う。今ではDDTはプロレス技に残っているのみだ。 学説の間違いが大々的に報じられることはない(p148~) 考えさせられて熟読した箇所。 現代日本社会は、謝罪会見など謝罪する機会は他国より多いと思われるが、本当の意味でのお詫びや過ちを認め正す作業はできていないのではないか。もはや、表面的な儀礼となっている。 いつからの傾向か不明だが、日本が理数系軽視、文系偏重社会となっていることも科学ファイクが軽視され、ミスリードされたり、騙される人間が多い要因の1つだと思う。 かく言う僕もド文系の1人であるが、だからこそ危機感を強く覚える。 日本の政治家、行政のトップを担う主要閣僚も文系が多い。国公立出身ならまだ良いが、私立文系、しかもエスカレーター式で下から進学したような人だと小泉進次郎氏のような弁は立つが、判断が非学的な政治家がさらに増えていき、日本は下り坂を転げるように衰退していくことが目に見えている。 先日、著者が、信用するに値する情報を発信しているユーチューブ動画の見分け方はという質問に対して、「言ってることが一貫し、ゆっくりと話して、再生回数10万回を切るくらいの動画の人が誠実な人が多い印象」と回答していた。 読書時間:約1時間