「遅咲き」ということになり、その生涯の活動に関して「作家の創造の翼」が羽ばたく余地が大いに在るかもしれない絵師、海北友松(かいほうゆうしょう)の生涯の物語だ。 人生の後半に至って現在に伝わる作品を遺した絵師である海北友松について、地方紙の記者等の仕事を経て比較的遅めに作家として登場することになった作者は「御自身を重ねる」というような思い入れを持って綴っているのかもしれないというようなことが、読んでいて滲むような気もした。自身、何事かを発表して遺すという程度のことをしているのでも何でもないのだが、健康上の課題が全く無いのでもなく、時代モノの主要人物のモデルになっている史上の人物が他界したような年代、場合によってそれを超えている年代なので、何か作者が御自身を重ねる、人生の終盤に名作を創り上げた芸術家の様に引き込まれた。 武家の出であって、体躯に恵まれて槍を得意としていたという他方で、画も美味かったという人物として本作の海北友松は現れる。戦国時代の色々な経過の裏側で、様々な「関り」が重ねられ、同時に「芸術家として高みを目指す」という何かも在る。人生の終盤というような時期に至って、現在に伝わる評価が高い作品を遺すことになる芸術家の生涯が、戦国時代が行き着く場所とそこへの道程と重ねられながら綴られる本作は酷く引き込まれた。 動く時代の中、「或いは時代の主役?」ということと、行掛りで些かの距離を置きながら、「己の芸術」を結果的に追求し続けることになった男…そういう感の海北友松の物語は、何か名状し悪い「強く惹かれる何か」が在る。そういうモノに出くわすことが、こういう小説に親しむ慶びというモノであろう。