『オカマの日本史』を読んで、幸せになろう

山口志穂著『オカマの日本史』を読んで オカマちゃんが幸せになる為に書かれた書は、皇紀2681年の神話皇祖神天照大神の男装や、皇室の伝説的英雄の日本武尊のハニートラップから書き始められていたとは。 皇族や武人が男色ネットワークで絆を保ち「自分」の繁栄を維持する役割と、政略結婚で嫁いで来た嫁は跡継ぎの子を産みながらも実家の密偵をしつつ「勢力」としての絆の役割が、自然に出来たのかも。悪びれた風も無く書かれた書物を見ると、寧ろ自然発生的に心情的に男色は必要だったのかも知れないなと思う。 歴史のレイヤーに男色を被せると、これまでの脚色されたかっこいいだけの「侍」や「自由民権運動の獅子」にはならず、楽しみの少ない時代には特別の喜びが常にあったのだろうと想像し、あの「ヤっちゃった」の強烈な言葉が暫く頭から離れそうに無い(/ω?)イヤン。 何時の時代でもオカマちゃんは少数派であったはずなのに、史実に残り絶えることなく男色が何千年も続いてきたのは何故なんだろう。1797年来日の朝鮮通信使シン・ユハンに雨森芳洲が「学士はまだその楽しみを知らざるのみ」と笑って受け流すシーンは、その答えの全てなのかも。 動物の性交はより優れた子を残すように種子保存の為と理解してるが、神様はオカマちゃんの為に人間をそのように御作りになったのではなかろうか。 オカマちゃんが幸せになるには誰もが持つ法律的な権利が必要だし解決するには時間が掛かりそうだけど、この『オカマの日本史』に出てくる男色の偉人達を見て、「オカマは変態」という自虐からは解放されて欲しいと思う。 日本国民はこの本を読んでもっとオカマちゃんを知らなきゃダメだなと思う。