本の題名が不適当。嫌人権論とでもすべき。

長年作者の本を買っているが読むのが辛かった。 まず題名がおかしい。「人権」に対比して「男色文化」を挙げているが、それは戦前までの男性同士の性愛に限られるので、日本人全体を語れていない。どこが「日本人論」なのか全然分からなかった。「嫌人権論」とでもした方が本の主張に沿っている。 本の主張(の大意)は「世の中を人権で塗りつぶすな。独自の文化と歴史を守れ」だと思われるが、そもそも危惧している事態は「人権を信奉するマスコミ業界」でしか起きていない。 元々庶民にとってのジャニー喜多川なんて「芸能人がたまに話す爺さん」程度の印象でしかなく、その名前を冠した会社が無くなっても関心のない人が大半だろう。作者はコロナ禍の時の経験がトラウマになっているようだが、常にマスコミの意見は庶民とイコールではないことを忘れているのだと思われる。 確かに元所属タレントはTVに出演しにくくなった面はあるだろうが、活動の場を他に移せば良いだけ。劇場などで自主興行を打つことはできるはずだ。むしろ、人権に支配されて最大公約数向けの表現しかできないTVより、そういった場の方が多彩な表現ができるのではないか。今だってTVには出れないけど劇場を沸かしている芸人は山ほどいる。 また、作者は「陰影」について語っているが、おしろい云々は良いとしても、現代の芸能人の闇の部分を「スキャンダル」だとしか語れておらず、かなり雑だと言わざるをえない。芸能界の闇というのはもっと芸の本質を指すものであり、それこそTVの放送コードには乗せられない芸を披露する芸能人(ただしやれば喝采を浴びる)を指す方が適しているはずだ。 結局、この本は「人権を信奉する大マスコミの主張」が世の中の意見のすべてだと誤解した作者がそれを批判しただけの内容であり、長年の読者にとっては既知の内容でしかなかった。 その結果、この本は各章のタイトルを読んだだけで内容を想像できるものになってしまっている。過去、作者は「論壇誌の評論はタイトルを読んだだけで何を書いてあるか分かってしまう。つまらない。」と言っていたが、それがそのまま当てはまる。 というか、ここ最近は蛸壺化していて、同じ印象を受ける本ばかりだ。作者は老いているのだろうか? 昔「わしが老いたら読者は見捨てて先に行くだろう」と言っていたが、ついにその時が来たのかも知れない。