時代の変貌とその背景が見える

ただの回顧録でも我が身を症例とした精神分析でもない。同時代、京都市内で小中学校時代を送った者(患者として府立医大にも通った)として、なぜあの時代がああだったのか、それはどう変貌していったか、その背後にあったのは何だったのか、個人がその変貌の波をどう被り、また自ら作りだしていたのか、といったことをしみじみ考え、感じさせる読み物。 三島由紀夫の「サーカス」(『真夏の死』所収)は、発表は戦後だが、サーカスを炎上させる腹案を戦時中は持っていたという。恐らく熟しすぎた文化とはそういう宿命を持っているのだろう、と推測。精神分析については(素人ながら)現在ではやや単純すぎるのでは、と思わないではないものの、筆者の書きぶり(語りぶり)と広い視野を保った全体の流れゆえに、強い説得力を感じさせ、どんどん読ませる。 読んでいる間、ひたすら風呂では「帰ってきたヨッパライ」と「悲しくてやりきれない」を歌っていた。