1枚の写真

水俣の写真集を作ったユージン・スミスの名前は何となく聞いていたが、日本(ハーフ)女性を妻として、こういう経緯があったんですね。このアイリーンは現在日本に住んでいて、ユージン・スミスの写真の権利関係の仕事をしているという(他にも環境問題等)。 水俣と言えば、現在も公害の代名詞の意味を持つが、自分の中学か高校時代には社会の授業でも扱っているほどの歴史的事件であった。今はこういう日本の負の歴史的なことは教えないのだろうなぁ。 ユージンは、官憲に倒され瀕死の重傷を負いながら、1枚の写真によって水俣を伝え、世界を変える。しかし、彼の生涯はこの時の傷がもとで、数年後僅か59年で閉じられる。こういう人はやはり長生きできるような人生にはならない。アイリーンがその遺志を継いでいることで、もって瞑すべしというところか。 こういう映画が日本映画として制作されず、ジョニー・デップ製作・主演によりインディペンデントのアメリカ映画として作られたことを、日本の映画人は恥とすべきだろう。