人の痛みって、自分じゃ判らない。自分は骨折ったり、殴り合いをして鼻が潰れたり、バイクで転倒したり、全治数ヶ月とか色々とやってきた人間なので、痛みに対しては非常に敏感というか、耐性(有る程度の外傷を我慢し傷の程度を判断出来るという意味)がある。
だからこそ、ナイフで腹を刺される痛みというのは判らないが、彫刻刀で2cm肉を抉(えぐ)った程度ではない痛みがあるのだろうと想像する。身体がショック症状を起こす(これは起こした人間でないと判らないだろう)と痙攣して身体のコントロールが効かなくなるが、それと同じ状況に陥る可能性が高い。身体がその痛覚を憶えない様に、その痛みをシャットアウトする防御反応が起こり、「意識が飛ぶ」。
想像しただけでも身体の芯から震えが走る。
「彼女」からそんな事をされたら、普通の人間だったら発狂する。つまり普通人の思考をしている(という描写だ)主人公もまた狂人なのだ。狂人は狂人を理解する、なんと哀しい物語なのだろうと自分は思う。
アメリカの犯罪史上でほぼ最高とも言える殺人鬼=ヘンリー・ルーカス(『羊たちの沈黙』のモデル)は快楽殺人者では無かった。酷い生い立ちと人生、そして狂った教義による「信仰」があっただけだ。
この歳になると、「一般人」と「狂人」の差はどこにあるのかと冷静に考えてみる事もある。そして、偶然にもそういった「狂気」と出会ってしまったのならば、そういう存在には出来るだけ近づかないでおこうと心の底から思うのだ。
他のユーザのコメント