ルメイに「親授」しなかった昭和天皇

1945年3月10日の他にも連続的に東京の各所が主に焼夷弾による空襲によって焼け野原にされた状況が当時の文筆家の日記等によって、これでもかというほどに明らかにされる。父の叔父、叔母、従弟等の多くも犠牲になり、位牌と「過去帳」に残っている。空襲作戦を指揮命令したルメイは1964年、勲一等旭日大綬章が授与されたとのこと。勲一等の授与は天皇が「親授」するのが通例だが昭和天皇はこれをおこなわなかったというのを初めて知った。時の首相佐藤栄作の対米従属の卑屈な姿勢が際立つ。