文学座映画映像作品

1950年代(昭和25~34年)は、今井正監督の時代だったと言っても過言ではない。現在では絶対考えられないが、この10年間に「キネマ旬報」のベストワン作品が5作、半分5割の確率である。黒澤明、小津安二郎、溝口健二でもこんなには取っていない。1950年の「また逢う日まで」から始まって、1953年がこの「にごりえ」、この年が凄いのは2位が小津監督の「東京物語」、3位が溝口監督の「雨月物語」なのである。今では、後者2作の方が日本映画史のみならず、世界映画史的にも名作の誉れ高くベスト・テンに名を連ねる作品なっていて、この「にごりえ」は殆ど忘れ去られているが、当時の評価はこの作品の方が高かった訳である。続いて1956年は「真昼の暗黒」、この年は「ひめゆりの塔」もあって7位である。1957年は更に絶好調で、1位が「米」2位が「純愛物語」のワンツー・フィニッシュである。そして1959年は「キクとイサム」、ただし、この後も20年以上今井正監督は映画を作り続けるが、これを最後にベストワン作品はない。この10年間の高評価は、戦後の時代背景と今井監督の作風(内容)がベストマッチしたからだろう、故に現在から見直すと、ズレが生じ、それほどの高評価にはならないことになる。 しかし、この「にごりえ」は今では忘れ去られているとは言え、文学座が直接映画製作(共同制作)に乗り出した作品であり、当時の綺羅星の如く並んだ座員の演技を映像に記録した価値は大きい。三津田健、田村秋子、丹阿弥谷津子(太ったお婆さんの姿しか知らない者にとってはアイドル並に可愛い)、芥川比呂志、長岡輝子、仲谷昇、中村伸郎、十朱久雄、賀原夏子、南美江、宮口精二、杉村春子、座員ではないが、淡島千景、久我美子、山村聰...。当たり前だが、現在の映画(TVドラマ)演技者とは演技の質が全然違い、そのアンサンブルによって質の高い映像(画面)になっている。