本を読むとミサに参列した気分に。
この本を読んで私もミサに与かりたいと思い、晴佐久神父がご奉仕されている教会まで伺った。
私はプロテスタントのクリスチャンだけど、カトリックに通っていた過去もあるため、いまでも機会を作ってミサに参列させていただく。
正直なところ、プロテスタントの礼拝に慣れてしまうと、カトリックのミサは非常に慌ただしく感じる。今現在、多くのプロテスタント教会は、朗読される聖書箇所、牧師の説教、賛美歌の歌詞、祈りの言葉など、全部スクリーンに映し出されるので、教会には手ぶらで行けばいい。献金も郵便局からの振込や、口座から自動引き落としのところが多い。献金箱くらいは置いてあっても、礼拝中に献金袋がまわってくる教会は減ったと思う。そうしたシステマチックな礼拝に慣れていると、カトリックのミサは集中力を要するし、あれを開いて、これを読んで、それを唱えて、立ったり、座ったり、財布を出したり、とにかく忙しく感じたし、久々に参列した私にとって、緊張も加わって疲れた。
けれども、この古風で温かいミサは忘れられない。窓から差し込む光、長椅子の木のぬくもり、使い古された本の匂い、陽に焼けたセピア色の紙、晴佐久神父の丁寧なお説教、聴いている参列者の心の動き(まるで朝陽のなかで蕾が一斉に花開くようだった)、生々しく伝わってきた。ミサ後は皆が晴れやかな笑顔で、楽しく語り合っており、私も明るい雰囲気が心地よくて、教会堂の前から立ち去るのが惜しい気持ちになった。
やっぱりミサに与かることは特別なのだろう。
YouTube配信されている礼拝やミサも恵みが多いけれども、電車に乗って片道1時間かけて来てよかった。祝福された。
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