誰かを意のままに操り、「汚れ仕事」をさせたと満足している人間自身も、実は(無意識のうちに)誰かに操られていた、という状況は、例えば会社の人間関係などのような日常生活でもあり得ることなのでしょうが・・・エスカレートするとこういう恐ろしいことになるわけですね。若い刑事の心をとろかす感動的なピアノの調べが、実はアシュケナージの弾き方の丸写しであった(そっくりに弾けること自体、誰にでも出来るわけではなく、すごいことではありますが)こともピアノを利用した一種の人心掌握術であり、「さもありなん」と思いました。