登場人物がみんな健全ですね。 あまりひねたところが見られず、少し高いところからモノを見る目線を持っているのは、進学校の生徒達独特の雰囲気かもしれません。 このような伝統的な行事をやっているということは、藩校から続いているような伝統を持っている、公立トップのナンバースクールなのだろう。 わざわざ、そんなことは書いていないが、生徒達の言動からも、それを意識できるのは、取材と設定がちゃんとできているということなのだろう。 と言うより、ちょっと調べてみましたが、作者の母校、茨城県立水戸第一高等学校の「歩く会」そのままですね。 私としては、主人公の西脇融の「とにかく早く、高校時代を駆け抜けて、大学生になりたい」という思いと、全く同じ気持ちで高校時代をすごしてきたので、特に思い入れ深く読み進むことができた。 たった二日間の話だが、主人公2人はもちろん、周囲の生徒それぞれのストーリーもうまく挿入されています。最初から続く、ひとつの伏線・仕掛けも、うまく機能していると思います。 ドラマチックな展開はありませんが、生徒達が、それぞれの思いを持ち、交錯させながら、淡々と歩き続ける様子が、歩行会の空気をリアルに伝えてくれます。 ちょっと残念なのが、完全に悪役(ちょっとニュアンスは違うけど)としてだけ登場する内堀亮子の存在。 彼女だけは、ほんとうに邪魔をするだけの役回りでしかないのだが、きっと、彼女は彼女なりのストーリーがあるはずだと思いました。
魚雷に乗り込み、敵艦に一艘で突撃をかけるその様は、どうしても9・11WTCを思い起こさずに入られません。ラスト近くで現代のアメリカの姿が少し出てきますが、戦争の姿形は変わりましたが、そこで散っていく若者と、引きずり込まれていく一般市民に変わりはないのかもしれません。 この本の中で、気になったことが2点あります。 1点は、同じ時代を生きていた人達の中でも、年代によって、戦争に対する考え方は違うんだ、ということ。 主人公は大学生です。ある意味、人生の中でもっとも自由な時期に、戦争が始まります。当然、戦争に対してもニュートラルな姿勢をとることができます。そして彼の弟は小学生。徹底的に軍国教育で育てられた弟は、何の疑いもなく国のために死ぬことは誉れ高いことであると信じています。 2点目は、主人公が、敵国の兵隊のことに思いをはせるところです。彼らも本当はいい奴なのではないか、と。主人公自身は、直接敵国兵士と合間見えることはありません。 実際に戦地に行った人はどうだったのでしょう。自分が殺すべき相手をどうとらえていたのでしょうか。誰もがみんな「鬼畜米英」だと思っていたわけではないだろう、と私は思います。 戦争、それも特攻という題材を扱いながらも、意外に軽く読めるのは、戦争の一方で、野球という開放的な題材を織り込んでいること。また、主人公本人の心が張り裂けるように乱れるのではなく、最初からもう一人の自分である同級生の北を置いたことなどが要因でしょうか。 戦争小説である前に青春小説だと思いました。
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夜のピクニック
登場人物がみんな健全ですね。 あまりひねたところが見られず、少し高いところからモノを見る目線を持っているのは、進学校の生徒達独特の雰囲気かもしれません。 このような伝統的な行事をやっているということは、藩校から続いているような伝統を持っている、公立トップのナンバースクールなのだろう。 わざわざ、そんなことは書いていないが、生徒達の言動からも、それを意識できるのは、取材と設定がちゃんとできているということなのだろう。 と言うより、ちょっと調べてみましたが、作者の母校、茨城県立水戸第一高等学校の「歩く会」そのままですね。 私としては、主人公の西脇融の「とにかく早く、高校時代を駆け抜けて、大学生になりたい」という思いと、全く同じ気持ちで高校時代をすごしてきたので、特に思い入れ深く読み進むことができた。 たった二日間の話だが、主人公2人はもちろん、周囲の生徒それぞれのストーリーもうまく挿入されています。最初から続く、ひとつの伏線・仕掛けも、うまく機能していると思います。 ドラマチックな展開はありませんが、生徒達が、それぞれの思いを持ち、交錯させながら、淡々と歩き続ける様子が、歩行会の空気をリアルに伝えてくれます。 ちょっと残念なのが、完全に悪役(ちょっとニュアンスは違うけど)としてだけ登場する内堀亮子の存在。 彼女だけは、ほんとうに邪魔をするだけの役回りでしかないのだが、きっと、彼女は彼女なりのストーリーがあるはずだと思いました。
出口のない海
魚雷に乗り込み、敵艦に一艘で突撃をかけるその様は、どうしても9・11WTCを思い起こさずに入られません。ラスト近くで現代のアメリカの姿が少し出てきますが、戦争の姿形は変わりましたが、そこで散っていく若者と、引きずり込まれていく一般市民に変わりはないのかもしれません。 この本の中で、気になったことが2点あります。 1点は、同じ時代を生きていた人達の中でも、年代によって、戦争に対する考え方は違うんだ、ということ。 主人公は大学生です。ある意味、人生の中でもっとも自由な時期に、戦争が始まります。当然、戦争に対してもニュートラルな姿勢をとることができます。そして彼の弟は小学生。徹底的に軍国教育で育てられた弟は、何の疑いもなく国のために死ぬことは誉れ高いことであると信じています。 2点目は、主人公が、敵国の兵隊のことに思いをはせるところです。彼らも本当はいい奴なのではないか、と。主人公自身は、直接敵国兵士と合間見えることはありません。 実際に戦地に行った人はどうだったのでしょう。自分が殺すべき相手をどうとらえていたのでしょうか。誰もがみんな「鬼畜米英」だと思っていたわけではないだろう、と私は思います。 戦争、それも特攻という題材を扱いながらも、意外に軽く読めるのは、戦争の一方で、野球という開放的な題材を織り込んでいること。また、主人公本人の心が張り裂けるように乱れるのではなく、最初からもう一人の自分である同級生の北を置いたことなどが要因でしょうか。 戦争小説である前に青春小説だと思いました。