1873年(明治6年)に新潟・長岡藩の家老の娘として生まれ、武家の娘としての厳しい躾を身に着けながらも、数奇な運命?に導かれ、本来なら武家の娘としては身に着けるはずのない教養を身にまとい、結婚という転機で渡米し生活を送った著者。 その異国での生活において、「いろいろの方から日本についての様々な質問をうけました。私は、それを書きとめておき、お友達の問いにお答えする積りで書いた」のが、本書です。 本書の原稿は当時の雑誌「アジア」に英語で連載され好評を得、7ヶ国語に翻訳されました。本書の日本語への翻訳は大正時代に生まれた大岩美代氏が担われています。 こうご紹介すると、”日米文化比較論”的なものかと思われるかもしれませんが、本書はその限られた範囲に納まるものではありません。 本書は次の複数の視点において大変興味深いものです。 【1】日本近現代文化比較の視点 本書の訳者は訳者あとがきにて次のように述べています。「大正の世に生まれた私は大変珍しく面白くまた有益に読ませて頂きました。」 大正生まれの訳者さえ感じた珍しさと有益さ。平成の世に生きる我々にとっては衝撃的とさえ言えます。 と同時に、我々日本人が近代において置き忘れた大切な宝の宝庫でもあります。 【2】アメリカ近現代文化比較の視点 特に興味深いのは、著者がその初めての異国生活において決して憧れのようなものを抱くことなく、しっかりと地に足がついた視点でその様子を捉えていることです。 現代アメリカ人にとっても、とても貴重な資料であると言えます。 【3】日米近現代文化比較の視点 著者は本書の最後でこう語っています。 「(前略)西洋も東洋も人情に変わりのないことを知ったのでした。けれども、これはまだ大方の東洋人にも西洋人にもかくされた秘密なのです。(後略)」 「あから顔の異人さんも、神国日本の人々も、今尚互いの心を理解しおうてはおりませず、この秘密は今も尚かくされたままになっておりますが、船の往来は今なお絶えることもございません。絶えることもございません。」 この原稿が世界に広まったあとの世界大戦の事実を鑑みるにあたって、この言葉の重みを感じずにはいられません。 そして、船が飛行機に変わり、世界中に通信網が発達した現代においても尚、この言葉は真実を語っていると思います。 本書に出逢えてとても幸せだと、素直に感じることができる一冊でした。
「人は瞬時に、生物と無生物を見分けるけれど、それは生物の何を見ているのでしょうか。そもそも生命とは何か、皆さんは定義できますか?」という問いかけから本書は始まります。 生物と無生物を区別するもの、つまり生物・生命の本質とは何なのか。分子生物学者が生物学の視点から考察する一冊です。 本書の最大の特徴はその「文学性」です。もちろん、本書はフィクションではありませんし、取り組んでいるテーマもかなり高度なものです。 しかし、著者の学者とは思えない高い文章力が、本書を読みやすくとてもエキサイティングな一冊に仕上げています。特別な知識は必要ありません。あっという間に生命の世界に引き込まれます。そして、考えさせられます。 本書の最後を著者は次のように結んでいます。 「これ(動的平衡)を乱すような操作的な介入を行えば、動的平衡は取り返しのつかないダメージを受ける。もし平衡状態が表向き大きく変化しないように見えても、それはこの動的な仕組みが滑らかで、やわらかいがゆえに、操作を一時的に吸収したからにすぎない。そこでは何かが変形され、何かが損なわれている。(後略)」 「私たちは、自然の流れの前に跪く以外に、そして生命のありようをただ記述すること以外に、なすすべはないのである。(後略)」 遺伝子操作が日常化しつつある現代。それが生命にもたらす意味を、我々一人一人が真剣に考えなければならない時期にきているようです。そのための思考を助けてくれる貴重な良書です。
一人の日本人として最低限知っておきたい、「靖国神社」に関する基礎知識を得る入門書として最適。靖国神社の本質を明らかにすることで、必然的に日本の国柄の本質、日本文化の本質、日本人の本質が明らかになる。
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武士の娘
1873年(明治6年)に新潟・長岡藩の家老の娘として生まれ、武家の娘としての厳しい躾を身に着けながらも、数奇な運命?に導かれ、本来なら武家の娘としては身に着けるはずのない教養を身にまとい、結婚という転機で渡米し生活を送った著者。 その異国での生活において、「いろいろの方から日本についての様々な質問をうけました。私は、それを書きとめておき、お友達の問いにお答えする積りで書いた」のが、本書です。 本書の原稿は当時の雑誌「アジア」に英語で連載され好評を得、7ヶ国語に翻訳されました。本書の日本語への翻訳は大正時代に生まれた大岩美代氏が担われています。 こうご紹介すると、”日米文化比較論”的なものかと思われるかもしれませんが、本書はその限られた範囲に納まるものではありません。 本書は次の複数の視点において大変興味深いものです。 【1】日本近現代文化比較の視点 本書の訳者は訳者あとがきにて次のように述べています。「大正の世に生まれた私は大変珍しく面白くまた有益に読ませて頂きました。」 大正生まれの訳者さえ感じた珍しさと有益さ。平成の世に生きる我々にとっては衝撃的とさえ言えます。 と同時に、我々日本人が近代において置き忘れた大切な宝の宝庫でもあります。 【2】アメリカ近現代文化比較の視点 特に興味深いのは、著者がその初めての異国生活において決して憧れのようなものを抱くことなく、しっかりと地に足がついた視点でその様子を捉えていることです。 現代アメリカ人にとっても、とても貴重な資料であると言えます。 【3】日米近現代文化比較の視点 著者は本書の最後でこう語っています。 「(前略)西洋も東洋も人情に変わりのないことを知ったのでした。けれども、これはまだ大方の東洋人にも西洋人にもかくされた秘密なのです。(後略)」 「あから顔の異人さんも、神国日本の人々も、今尚互いの心を理解しおうてはおりませず、この秘密は今も尚かくされたままになっておりますが、船の往来は今なお絶えることもございません。絶えることもございません。」 この原稿が世界に広まったあとの世界大戦の事実を鑑みるにあたって、この言葉の重みを感じずにはいられません。 そして、船が飛行機に変わり、世界中に通信網が発達した現代においても尚、この言葉は真実を語っていると思います。 本書に出逢えてとても幸せだと、素直に感じることができる一冊でした。
生物と無生物のあいだ
「人は瞬時に、生物と無生物を見分けるけれど、それは生物の何を見ているのでしょうか。そもそも生命とは何か、皆さんは定義できますか?」という問いかけから本書は始まります。 生物と無生物を区別するもの、つまり生物・生命の本質とは何なのか。分子生物学者が生物学の視点から考察する一冊です。 本書の最大の特徴はその「文学性」です。もちろん、本書はフィクションではありませんし、取り組んでいるテーマもかなり高度なものです。 しかし、著者の学者とは思えない高い文章力が、本書を読みやすくとてもエキサイティングな一冊に仕上げています。特別な知識は必要ありません。あっという間に生命の世界に引き込まれます。そして、考えさせられます。 本書の最後を著者は次のように結んでいます。 「これ(動的平衡)を乱すような操作的な介入を行えば、動的平衡は取り返しのつかないダメージを受ける。もし平衡状態が表向き大きく変化しないように見えても、それはこの動的な仕組みが滑らかで、やわらかいがゆえに、操作を一時的に吸収したからにすぎない。そこでは何かが変形され、何かが損なわれている。(後略)」 「私たちは、自然の流れの前に跪く以外に、そして生命のありようをただ記述すること以外に、なすすべはないのである。(後略)」 遺伝子操作が日常化しつつある現代。それが生命にもたらす意味を、我々一人一人が真剣に考えなければならない時期にきているようです。そのための思考を助けてくれる貴重な良書です。
靖國論
一人の日本人として最低限知っておきたい、「靖国神社」に関する基礎知識を得る入門書として最適。靖国神社の本質を明らかにすることで、必然的に日本の国柄の本質、日本文化の本質、日本人の本質が明らかになる。