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『永遠の0』百田尚樹氏激賞! 感動の書である。 戦争の持つ勇壮さと哀しみを知る戦士こそが、慈愛の真の意味を悟るのかもしれない。 海軍機動部隊の精鋭360機を率いハワイ奇襲作戦を陣頭指揮し、ミッドウェー海戦で重傷を負い、原爆投下直後の広島で被害調査に従事し、厚木基地にマッカーサーを迎え、ミズーリ号での降伏調印式に立ち会った淵田美津雄は、戦後キリスト教に回心し仇敵アメリカへ伝道の旅に出る。激動の時代を生き抜いた男の真実とは。 <オアフ平原を通して、真珠湾が見えて来た。「隊長、真珠湾が見えます」と松崎大尉は、息をはずませて報告して来た。「ウン、見える。松崎大尉、針を南に変えて、バーバース岬にもって行け」この指示を与えると、私は双眼鏡をとって真珠湾を注視した。いる、いる、三脚マスト、籠マストの戦艦どもである。私は1つ、2つ、3つ……と、目で追って胸で数える>--<本文より> はじめに 第一部 その一日のために 第二部 トラトラトラ 第三部 暗転 第四部 帝国の落日 第五部 占領の名の下で 第六部 回心 あとがきにかえて 主要参考文献 淵田美津雄関連年表
レビュー(14件)
この様な書籍が刊行されていることを知りませんでした。戦況に関する感想は全てが本心なのかどうかは分かりませんが、貴重な資料である事は確かでしょう。
最初は読みづらかったですが、読み進むうちに引き込まれました、旧日本軍が人を一番に考えなかったことが 敗因であるとの意見に賛成です。天皇陛下万歳ではなく、母ちゃんと言って非業の死を遂げた皆さんの為に平和の日本でありますように。
「旧帝国軍人による自伝」とでも思うと、何やら取っ付き悪そうな気がしないでもないが、断じてそういうことはない。昭和の頃の小説やエッセイの雰囲気と何ら変わりがない感じで読める。文庫本が分厚いのは、偏に最近の規格で活字が大きめなので頁が嵩んだというだけのことであると思う… 真珠湾攻撃の場面で、乗っていた攻撃機の操縦士が「ザマーミロ!」と口走る描写が在る。そして敗戦後、フィリピンで降伏した兵士達が「ザマーミロ!」と罵られることが在ったという描写が在る。何か「小説の“伏線”?!」とさえ思ったのだったが…淵田美津雄が至った境地は?「罵り合う」というような関係を排し、互いの立場ややってしまったことは「それはそれ」として、「対等な個人」として「各々が神を懼れる一人の人間」として語り合うことが、個々人の心豊かな生活、更に世界平和への途であるというようなことではないであろうか… 本書を読んでいて非常に驚いたが、淵田美津雄は広島に原爆が投下された8月6日の前日、8月5日に広島に在ったのだそうだ。広島での打ち合わせを終え、「広島泊まりで一寸一息入れられる」と宿に入った時に連絡を受け、急遽岩国へ移動し、奈良県内へ飛んだのだそうだ。奈良県内の基地に在った8月6日の午前11時頃に原爆のことを知ったのだという。その後、広島の現場調査に参加し、8月9日の長崎のことを現地で聞いて、岩国から大村へ飛んで長崎の現場調査にも参加したという。 或いは?この原爆の件で、「与えられた命?夥しい犠牲が発生した戦争を潜り抜けて生き残った運命?」を意識した中、日本の捕虜として過ごした米兵の物語等に出くわし、聖書にも触れてキリスト教に帰依するようになって行ったのかもしれない。 本書との出会いを感謝しながら、多くの皆さんに御薦めしてみたいと思う…
太平洋戦争に興味がある方は必読です。面白い。
人生を見つめ直すとき
戦記物が好きな私には淵田大佐は真珠湾攻撃の空中総指揮官として有名であったが、その彼が戦後クリスチャンになり、世界を回って布教につとめていたことは最近知りました。ちょうどそんな時、本書を知り読んだのですが、戦前戦中の彼と戦後の彼が複雑にからみあい、葛藤が生まれその中から自分の生きるべき道を見つけれたことは素晴らしいことで当時の彼と同世代の私には羨ましい限りであり、いつか自分も彼を見習い良い人生だったと思える生き方を今後していきたい。