「わかりやすい=良い」なのか

テレビの解説、Youtube動画、書籍・映画などのレビュー、自分自身の感想で「わかりやすい」を肯定として使う場合が多々ある。 本書はそんな「わかりやすい」が持て囃されると同時に日本語がどんどん「易しく」「わかりやすく」なること、機微や行間のような部分が排除され、受け取る側が想像する余白のない、ストレートで額面通りにキャッチできる伝え方が重宝されてしまう傾向に一石を投じる。 前半は主に「分からないことはそのままにしておく」余地について語り(ちょっと“わかりづらい”文章が多いかも)、 後半は実際の出来事を挙げて「わかりやすさ」が「雑」をもたらす危険性(メディアの主張の加工、ネット論客が使う暴力的な断定、居場所を与えてはいけない主張に居場所を与えてしまうこと)について語られている。 理解までの最短距離と効率化を優先し、「わかりやすくないもの」を理解しようとしなくなった結果、感覚や自分で考える感情表現の選択肢が損なわれ「雑」になっていく危険性について本書で自らに警鐘を鳴らしてみては。